私のベトナムの会社は、ホーチミン、タンソンニャット空港のすぐそば、空港からまっすぐ伸びるチュンソン大通りを脇道に少し入ったイエンテという裏通りにある。この辺りは、空港の傍ということもあり、元々は、軍の幹部たちの住宅が多くある閑静な地域だ。
当社のオフィスも、元、将軍さんから借りている3階建てフランス風洋館である。向いも隣も同様の大きな洋館で、庭には建物の高さを超えて南国の木が茂り、おそらく食べることはできないだろうパイナップル様の果実がいっぱいぶら下がっている。
裏通りで交通量も少ないことから、サイゴンエアやビナサンといったタクシードライバーの休憩場所にもなっており、日に何回か、道路わきにズラリとタクシーが駐車し、近くの小さなカフェや食堂で、ドライバー達が寛いでいる。
私は、よく2階のバルコニーで、一服しながら通りを眺めるのだが、ある日の事、数メートル離れた屋台のカフェ辺りから、1人の男性の大声が聞こえたかと思うと、その声があっという間に膨れ上がった。と、その直後、二人乗りのバイクが、目の前を通り過ぎる。バイクの後ろを、数人の男たちが追いかける。おそらく、引ったくりか泥棒だろう。バイクの後ろからだけだった罵声は、みるみる一帯に拡がり、あちらこちらでコーヒーを飲みながら談笑していたドライバー達が一斉に道路に飛び出した。横から8人、前から10人、男たちがバイク目掛けて突進する。座っていた椅子を頭上に掲げ投げつける。四方八方からバイク目がけて矢が放たれたかのようだ。コソ泥も、ここで捕えられたら大変なことになるだろう、必死のハンドルさばきですり抜ける。ベトナムでは、コソ泥も命がけだ。幸い?にして、コソ泥バイクは、大通りの方へ逃げて行く。男たちは、通りがかりのバイクの後ろに、次から次へと飛び乗って、見ず知らずの人たちを巻き込んで捕り物劇の第2幕が始まる。
日本だったらどうだったろう?
ベトナム人は凄い!
私は、その時、素直に、そう思った。
この出来事を、日本で私の家に同居しているベトナム人の青年に話した。彼は、ホーチミン工科大学を卒業し、日本企業に勤めるエリートである。
彼曰く、「ベトナムでは泥棒も命がけです。行き過ぎた事件も良くあります。また、逆襲されて悲しい結果になったことも新聞に出ています。私だったら追いかけるようなことはしません。泥棒を捕まえるのは警察の仕事です。私なら、直ちに警察に連絡します。」と。
何事でも、やり過ぎというのはあるが、やるからにはとことんやる、というのは場面によっては素晴らしい。
しかし、やり過ぎや、自らの危険を避けることも、大切な生き方の一つだ。
適正な判断と、その場に相応しい行動が大切だ、といった抽象的な声も聞こえてきそうである。(日本では、これは何もしないと同意のようだが)
さて、あなたならどうしますか?
井上学さま。未来空間の広いベトナムでのご活躍の様子(古田さんから)、敬服いたします。
さて、引ったくりやストーカー事件の現場に、偶然、第三者として遭遇したら「あなたなら、どうする?」
日本人の場合の倫理観や正義感の所在を試される試練ですね。同時にこれは、個人の生きざまの披瀝にもつながります。試される側は結果の正否に存在の意義が試され、試すことを示唆したり強要した側はいかなる結果責任も問われないという、まことに不条理な関係を露呈します。
協力して追いかけたら、逆に死傷を負わされた。逃げられて自傷した。捕まえたが原因が逆で犯罪者は追跡者だったので・・・
だから、目前の犯罪に目をつぶれと言うわけではありません。ここは個人の判断に任せるべきで、結果についての判断も「法」の世界だと思います。東日本大震災に被災者とボランティアが整然一体化して救援救護にあたり、暴徒化しないで世界の称賛を得たのも、日本人の個人主義が「ほどよくこなれて民主社会化」した結果からだと、僕は見ましたが・・・いかがでしょうか。お答えにならないようですが、僕なら「状況に応じて」判断します。やたらと飛び出しはしないでしょう。
投稿情報: 田中良平 | 2012年10 月 2日 (火) 08:45